記憶というものは…2015/06/30 21:29

 柴田錬三郎の小説に「チャンスは三度ある」というものがある。
 
 かなり昔、宮下氏の紹介により読んだ本だ。
 詳しいことはほぼ覚えていなかったが、小説の最後は「チャンスは三度ありにけり」と書かれていたことだけは明確に覚えていた。

 時代劇小説ばかりを書いている柴田錬三郎にとっては異色の現代小説だ。しかし、現代といっても、書かれた年は丸ノ内線が銀座まで開通したという年であり、これは1958年だ。

 台東区の図書館webページで検索したら、驚いたことに置いてあったので借りてみることにした。
 さすが図書館である。
 
 わずかな記憶であらすじをたどると、一度事業に失敗した主人公が、何かの拍子で拾われ、それなりに大きい事業を任されて成功する。しかし、何かの事情でその事業を外されるのだが、誰かがチャンスは三度あると、それなりの金をくれるという程度の覚えがあった。
 

 今回読み返してみると、ずいぶん人物の相関関係に偶然が多い。いくら小説とはいえ、こんなに登場人物を結び付けていいのかと思う。まるで世界がこの人たちだけで形成されているようである。
 そして、記憶では何かの事業を任された感があったが、実際は新しく池袋にできるデパートの宣伝部長であった。

 あ、サラリーマンだったの、という感じである。宣伝活動の予算を1億円使えるというだけのものだったか。
 しかも、大プロジェクトではなく、デパートの開店の話か。

 主人公がバリバリと仕事をする様子が書かれていたように思ったのだが、仕事のことなどほとんど書かれておらず、登場人物に関することが多く書かれていた。

 その最たるものが幸薄な女性の話である。
 作者はなんと、小説の中で、
 「そのたたかいを、ここに記すのは、この物語の主題からはずれることになるだろう」 としながら、
 「最も不幸な、惨めな者の為に、作者が、敢えて一生を一章を作るということは決して無意味ではないだろう」と書き、
 「デパート開店の物語のかげに、消し去られてはならない---と、作者は思うのである」と結んで、この女性の為の章「ひとつの生涯」が語られていく。

 もう一度言う。小説の中にこんなことが書かれているのだ。

 自分の小説なのだから書きたいことを書けばいいのだが、本来書くべきではないがどうしても書きたいと作者自身の中で葛藤があったのか。あるいは、評論家の批判をかわすために、小説の中でこんなことを書いているのか。

 葛藤の結果書くのならいいが、評論家の批判をかわすためならみっともないことである。

 僕としてはこの小説は決して「デパートの開店の物語」ではなく、様々な人間模様を描いたものだから、「最も不幸な」女性のことを書くのは「無意味ではない」どころか意味があることと思う。

 批判めいたことを書いたが、数十年たって読み返しても面白い小説であるし、古さは感じさせなかった。


 さて、驚いたのは最後の一行。
 「チャンスは三度ありにけり」と数十年思っていた最終行が、「チャンスは、三度び御座候」と書かれている。

 なんと! である。
 そうで御座ったか。


 そして、もうひとつ。最後の最後にもう一度驚かされてしまった。
 巻末の解説を書いたのは沢木耕太郎だった。
http://www.ne.jp/asahi/copa/ribu/b log